グリーンブック 感想

2019年アカデミー賞作品賞受賞作。アカデミー賞の名はだてじゃない。素晴らしかった。ラストシーンでドンがトニーの家に来るところで本当に号泣した。絶対二回目みる。本作は、①黒人差別を問題提起する作品でもり、②自分が何者かを見失ったときに希望を見出させてくれる作品、という2つの側面を有している。

 

①黒人差別の問題提起
本作が描いているのは1960年代のアメリカの黒人差別である。

ドンは黒人でありながら、黒人文化にうとくピアニストをしている。さらにその振る舞いも紳士的だ。

対してトニーはイタリア系白人であり、下品で横暴な振る舞いも目立つ、黒人の文化に理解がある白人だ。

 

ふたりは白人と黒人でありながら、その中身は、一般的に想像される白人黒人とは逆のものである。この紳士的な振る舞いをする黒人ドンと横暴な白人トニーという対比構造がステレオタイプから逸脱している設定で面白い。

 

とはいえ共通点もある。それはふたりとも純粋な意味での白人アメリカンではないということだ。
ドンが差別を受け続けるのはみてのとおりだ。レストラン・トイレが使えなかったり、バーでのんでただけて殴られたりその様子はひどい。トニーはそこまでのことではないが、イタリア系ということで警察官から「お前も半分ニガーか」と言われてしまう。

 

本作は、性格と肌の色は正反対でも、自分が純粋な白人アメリカ人じゃないという共通点をもつふたりの物語である。

 

性格がちがうふたりが最後のコンサートで見せる行動とは
性格が対比構造になっているが、それがラスト「9回の裏」と呼ばれる最後のコンサートで生きてくる。お互いがお互いの性格に影響されて成長するのだ。

 

ドンは今までどんな差別も耐えてきた。しかし、この時だけは違った。レストランが使えないことを理由に演奏をキャンセルしたのだ。これは自由にしたいことをしてきたトニーの様子を見てきたからだろう。そもそも自分が差別されてまで演奏する理由はないのだ。「こんなところで演奏したくないから演奏しない」と思い切りのよい判断ができるようにドンはなった。

 

対してトニーは、金で解決しようとするマネージャーに直接手を挙げなかったし、その買収にも応じなかった。なぜならトニーはこれまでの旅を通して黒人問題は金で解決できないことを理解していたし、ドンから「暴力を使えば敗北だ」と言われていたからだ。トニーはそこに至るまでに、警察官をスーツで買収しドンを救っている。この時はドンを救い目的地までにたどり着くというためだけのために買収を計ったが、9回の裏になり、もっと大事なことに気づいたのだ。

この最後でお互いがお互いの良さに惹かれて成長する様子を見せつけられて、もう泣きそうになった。

 

②自分が何者かを見失ったときに希望を見出させてくれる作品
グリーンブックは黒人差別の話だろうと思っている人がきっと多いと思う。
だけど、グリーンブックにはもう一つのテーマがある。それが「アイデンティティの拡散」だ。

ドンは黒人なのに、白人みたいな丁寧に振る舞いや作法をする。そのためか、周りの黒人からも仲間意識を持たれない(むしろ途中で車から降りたときの、農地で働く国民からは敵意さえ感じられる)。そして、もちろん白人ではないので白人からも排斥される。しかも自分は身体は男なのにゲイで男がすきなのである。それで唯一の肉親である兄とも疎遠なのだ。

 

ドンが自分が何者なのか見失うのもそれは無理もない。自分を自分として認識させるための他者との適切な関わりや関わるをもつコミュニティがないのだ。もっと言簡単に言えば自分を受け入れてくれる人がいないのである。

 

そんな彼が旅を通して居場所を2つ見つける。
1つが、黒人が集うバーだ。もともとクラシックをやって後に人種的問題からポップスになったドン。いやまてよ。黒人と言ったらジャズだろ。
黒人が集まるバーで(おそらく)はじめてジャズを即興で演奏したドン。居合わせたたのミュージシャンと奏でる音楽は心地よかったにちがいない。かれは「またやろうかな」と演奏後言っており、黒人が生み出したジャズとその演奏仲間たちにひたしみをもつ。

 

(そもそもなぜトニーが雇われたのか。トリオだったらギリギリ1つの車で荷物含めて移動できそうなものである。トリオの仲間たちは仲が悪いわけではないのだろうが、心からの友かと言えばそうではないのかもしれない。そもそも、ドンは白人たちの前で演奏することも本当は嫌っていた。バーで演奏した後の笑顔を、トリオの時はみせていなかったことからも、これまでの旅の演奏が彼の心の拠り所になり得ていないのは明白である。)

 

2つ目がトニーとその家族である。トニーから「さみしい時は自分からいかないと」とアドバイスをもらっていた。ドンはそれを実行したのだ。
これについてはあまり語る必要もない。あれほどトニーは黒人を嫌っていたのに、旅を通して、人種を超えてドンの親友になったのだ。こうしてドンは居場所を見つけることができた。

 

 

この映画の魅力
黒人差別をテーマにした映画は古今東西たくさんある。アメリカでも未だに黒人差別はあるのかもしれないけれども、少なくとも日本人にとってそれは遠い国の出来事で、自分の身の上のこととして感じることは難しい。
だけど、本作は黒人差別を描きつつも、もう一つ「アイデンティティの拡散」というだれもが一度は経験するテーマも内包している。
成熟した普通の日本人が本作を見たときに、黒人がうける差別については100%共感できないかも知れない。でもドンがいっていた「自分は誰なんだ」という悩みについては多くの人が共感できるのではないだろうか。

 

本作は黒人の物語ではなく、1人の黒人男性が心からの拠り所を見つける話である。この構成から筆者は「黒人を色メガネをつけて見ないで、君たちと同じ人間として見ておくれというメッセージ」を勝手に読み取った。